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Chapter 290

    午前中の座学が終わってしまった。朝が暇になったので、図書館に行きたいけれど、まだソランジュとの約束の日にならない。こういう時はこの貴族院の成績順に物事を行うという姿勢が嫌になる。これほど望んでいるのに待たされるのだから。


    ……あと二日が長いよぉ! 誰か、わたしに本を!


    おぅおぅ、と嘆きつつ、わたしは一年生に呼びかけて、一緒に来年分の参考書作りを始めた。こうして予習しておけば、来年はこれ程苦労しなくて良い、という言葉に皆が乗ってきたのだ。


    「丁寧にまとめてくださいませ。こちらもできあがれば買い取りますから」


    「はい!」


    中級貴族や下級貴族の返事は良いけれど、上級貴族はどうにもノリが悪い。


    「ローゼマイン様のお願いですから、お手伝いいたしますけれど、自分でお金を貯めるような下級貴族のようなことを私が好んで行ったとは思わないでいただきたいものです」


    ……ほほぅ? 自力でお金を稼ぐのは下級貴族のすることですか? 好んでするようなことではない、と?


    「わたくしは領主の養女でも自力で稼いでおりますけれど?」


    「……あ」


    「それだけの稼ぎがなければ、子供部屋でお菓子を配ることもできませんでしたし、印刷した教材を子供部屋のために複数準備することもできませんでした。貴方はお金を使うことを知っていても、稼ぐことの大変さも知らず、親のお金を使うだけなのでしょう? もう少しお金についても勉強した方がよろしくてよ」


    「……申し訳ございません」


    口では謝っているが、自分は間違っていない、とその目と表情が言っている。これが上級貴族の標準なのだろうか。


    わたしはヴィルフリートを見た。


    「ヴィルフリート兄様、上級貴族は皆、このような考え方なのでしょうか?」


    「……そうだな。土地からの収益と領主からの年俸で生活をするので、自分で稼ぐという考え方はないと思う。私も自分に与えられる予算の分配については筆頭側仕えのオズヴァルトから教えられていたが、ローゼマインの代わりに冬の子供部屋の運営をしなければ、ローゼマインが自分でお金を稼いで予算を増やしているということには思い至らなかったはずだ」


    ヴィルフリートは自分達の予算だけではお菓子をずっと準備し続けることもできなかったこと、わたしの予算を管理している神官長にお菓子代の負担をお願いに行った時に、眠っていてもわたしが使える予算が増えていることを聞いて仰天したのだそうだ。それまで、予算を増やすということを考えたことがなかったらしい。


    「ですが、お金を稼ぐために奔走するような浅ましい真似は上級貴族にそぐいません」


    「わたくしが行っている製紙業や印刷業を領地で広げて、利益を得ているギーベ?ハルデンツェルは上級貴族ですけれど、ご存知ないかしら?」


    「ギーベ?ハルデンツェル!?」


    お母様の実家は上級貴族だ。知らないわけがない。ぎょっとしたように目を見開いた上級貴族に、わたしはコクリと頷いた。


    「土地を運営することは、自分ではなく平民を動かしてお金を稼ぐことです。お金を稼ぐなど、と頭から否定しているようでは、利に敏い貴族にはなれませんよ。上級貴族らしいお金の稼ぎ方を考えられるようにならなければね」


    「自分ではなく、他人を動かす……?」


    「えぇ。現にわたくしは自分で印刷をして本を作っているわけではありません。インクも絵本もカルタもトランプもポンプも全て工房で働く者が作る物です。けれど、彼らが作って、それを売るたびにわたくしにはお金が入ってきます。ですから、わたくしは寝ていても予算が増えるし、その予算でお菓子を作らせたり、情報を買ったり、写本を皆に頼んで本を手に入れたりできるのです」


    わたしは対価を支払うことで、情報や写本をしてもらうつもりだが、上級貴族の意識がこれでは、上級貴族の情報は集まりにくいかもしれない。それ以前に、写本や情報集めを浅ましいものと断じられては困る。協力してくれる者が減るかもしれない。


    わたしが少しでも多くの写本を手に入れるためには、何とか意識を変えるか、積極的にお金を稼ぐ気になってもらわなければダメだ。


    ……上級貴族にお金を稼ぐ必要性を持たせなきゃ。


    むーん、と考えながら、わたしは参考書作りに全力を尽す。一生懸命にまとめているうちに、4の鐘が鳴り、上級生が戻ってきた。


    ……一年生だけじゃなくて、上級生にも写本は手伝って欲しいんだよね。


    一年生の8人で写本をするより、上級生まで含めて60人以上を動かす方が効率的だ。そして、下級貴族だけよりも上級貴族にも働いてもらいたい。そうなれば、働くことに関するメリットを示さなければならない。わたしが持っているもので、上級貴族が自力で稼いでも手に入れたいと考えるものが何かあるだろうか。


    「ずいぶんと難しい顔をしてどうしましたか、姫様?」


    「リヒャルダ、わたくしが持っているもので上級貴族がどうしても欲しいと思うものは何かあるかしら?」


    「それは、魔力の圧縮方法ではございませんか? 成人している下級騎士のダームエルが目を見張るほどに魔力を伸ばしています。成長期に姫様の圧縮方法を知った中級騎士見習いのアンゲリカが身体強化を使いこなしてボニファティウス様の愛弟子になるほど、上級騎士見習いのコルネリウスが魔力だけならばカルステッド様と並ぼうとするほどに魔力を増やしています。貴族院の学生はすぐにでも知りたいと思っているでしょう」


    魔力が増えている、伸びている、とは聞いていたけれど、そこまでだったとは思わなかった。これはとても良い餌になりそうだ。


    わたしは皆が集まる昼食の席で、重大発表と言って、注目を集めて宣言した。


    「わたくしの魔力圧縮方法を知りたい方には、上級貴族でも、領主候補生でも自力で稼いで頂きます」


    「は!?」


    ヴィルフリートを初め、魔力の圧縮方法を教えてもらえるはずの同じ派閥の上級貴族が驚きの顔で固まった。


    「情報を集めてくるなり、写本をするなり、魔石や素材を集めて誰かに売るなり、貴族院でお金を稼ぐ方法は色々あります。圧縮方法を教える対価として、上級貴族は大金貨二枚で、中級貴族は小金貨八枚、下級貴族は小金貨二枚を払ってもらう予定になっています。同じ家族の二人目からは半額になりますから、半額は親に負担していただいてもよいことにしましょう」


    「それでは、上級貴族に厳しすぎるではありませんか!」


    狼狽えたように周囲を見回した後、上級貴族達がわたしに異議を唱える。


    「上級貴族は魔力が多くて、家庭教師を付けられて、実技にも座学にも有利です。それに、魔物を倒して魔石を手に入れるにも、魔力が多い方が有利でしょう? 下級貴族は図書館の登録料でさえ自力で払わなければならないのですから、妥当な金額差だと思っています」


    突然の宣言に顔色を変えている学生達の中、すでに魔力圧縮方法を知っているコルネリウス兄様が、不可解そうに眉を寄せた。


    「ローゼマイン様、何故突然そのようなことを? 午前中に何かございましたか?」


    「上級貴族はお金を稼ぐ大変さをご存知ないようなので、実際に体験していただこうと思ったのです。お金を稼ぐ大変さも知らない方に、浅ましいと言われて腹が立ったわけではありません」


    誰が言った、と犯人探しが始まる中、わたしは「積極的にお金を稼ぐために写本をすると良いですよ」とお勧めしておいた。


    「本を書いてお金を稼げるならば、知的で上級貴族らしいでしょう?」


    わたしが意見を翻すつもりがないことを悟ったらしいハルトムートが軽く肩を竦めた。


    「魔力圧縮方法を餌にするならば、上級貴族も動かざるを得ません。暴言を吐いた者に意趣返しができて、上級貴族のお金に関する意識改革ができて、ついでに、自分の欲しい本が集まってくるというのが素晴らしいですね、ローゼマイン様。貴女は何をするでもなく、欲しい物を全て手中に収めることができるのですから」


    ハルトムートはそう言った後、楽しそうに目を細めた。


    羊皮紙ではなく、植物紙と植物紙用のインクを使うことで価格を抑え、お金や魔力圧縮方法を餌に学生を写本に動員すれば、手に入る本の数は自分でコツコツと書いたり、普通に買ったりすることに比べたら、段違いに安価で多くの本が手に入る。


    「では、私もローゼマイン様への忠誠を示すべく、情報や写本を掻き集めて参りましょう」


    「ハルトムート、貴方はお金を稼ぐことに忌避感はありませんの?」


    「稼ぐというよりは、正当な対価を頂くという感覚です。私は今まで通り、上級貴族として自分が培ってきた関係を駆使して、情報を集めるだけですから。そして、人を雇って、写本をさせるだけです。自分が必死になって、お金を稼ぐようなことはしません」


    上級貴族は上級貴族らしくお金を稼げばよい、とハルトムートが言ったことで、文句はそれ以上でなくなった。


    騒然となった昼食を終えると、午後からは騎獣作成の実技がある。騎獣に跨ることができるように女性は服を着替えておかなければならない。


    昼食後、わたしはリヒャルダとリーゼレータによって着替えさせられた。初めての騎獣服である。ひらひらと裾が長いキュロットで、普通に立っていればスカートのように見える。


    「姫様の騎獣は着替えなくても乗れますからね。騎獣服は本来必要ないのですが、貴族院で使うので、お作りしたのですよ」


    「皆が着替えている中で、一人だけスカートで行くわけにはまいりませんものね」


    着替えて、騎獣用の魔石を持って、午後の実技に向かわなければならない。わたしは魔石の入った金属の飾りをキュロットの上から締めたベルトに引っかけて腰に下げる。


    学ぶ部屋は違うけれど、同じ一年生で同じように騎獣を作成するフィリーネも騎獣服に着替えていた。そして、その腰には魔石を入れた革袋が下げられていて、大事そうに袋の上から撫でている。


    「魔石を染めるのは大変だったでしょう?」


    わたしは騎獣作成をする時、結構大量の魔力を魔石に奪われた。下級貴族で、まだ魔力を一度も圧縮していないフィリーネにはかなり大変な作業だったと思う。


    わたしの言葉にフィリーネはきょとんとして首を傾げた。


    「どうして大変なのですか?」


    「……え?」


    フィリーネによると、貴族は生まれた時に魔術具と魔石を贈られる。その魔術具は魔力を吸収して、魔石に入れてくれる魔術具だそうだ。最初に登録した者の魔力以外は受け付けないという魔術具で、親はもちろん兄弟や側仕えが魔石に触れて台無しになる危険性を排除してくれる。それを使わなければ、魔石に他人の魔力が混じってしまう可能性が高いらしい。


    その魔術具の中に入れられた魔石に、魔力が溢れそうになるたびに少しずつ溜めていき、染まっている魔石を貴族院で使うことになるらしい。


    ……子供一人に魔術具が必要で、十年分以上溜めるんだから、魔石だって一人につき何個も必要なんだよね。お金、かかるわ。


    初めて知った。普通の貴族の子供が成長段階で溢れる魔力をどうするのか。魔術具が準備できない貴族が子供を神殿に入れるわけだ。


    「ローゼマイン様は違ったのですか?」


    「わたくしは、その、神殿育ちですから、魔力は基本的に奉納しておりました」


    「え? では、どのようにして騎獣用の魔石をご準備されたのですか?」


    洗礼式まで神殿で育ったのですよね、とフィリーネが目を丸くする。


    「フェルディナンド様に頂いた魔石に直接魔力を注ぎこんで染め上げました」


    「……それは大変でしたね。上級貴族のローゼマイン様だからできることでしょう。わたくしにはできません」


    ……そっか。わたし、こんなところでも貴族の常識が足りないんだ。なるべく黙っていよう。


    寮を出て、フィリーネ達と分かれると、護衛騎士達と一緒に小広間へと向かう。「迎えに来るまで待っているように」といつも通りの注意を与えられ、わたしはヴィルフリートと上級貴族と一緒に中に入った。


    小広間の中に集まった皆がそれぞれに染め上げた魔石を持っていて、どのような魔石になったのか、見せ合っている。ヴィルフリートも得意そうに自分の魔石を取り出した。


    「ローゼマインの魔石は薄い黄色だが、私の魔石は薄緑だ」


    「わぁ、本当ですね」


    色の違いは魔力の属性が大きく関わっている。わたしは黄色とも金色ともつかない色で、多分、風の属性か光の属性が一番強い。ヴィルフリートはいくつか持っている属性の内、水の属性が最も強いのだろう。


    そして、多くの属性を持っているほど、色が薄くなる。7つの属性を持っているわたしは薄い黄色で、6つの属性を持っているヴィルフリートはわたしよりもやや濃い緑だ。風の適性しかないダームエルの魔石はかなり濃い黄色だった記憶がある。


    「はいはい、お静かに!」


    今日はフラウレルムという40代半ばくらいの女性教師が教えてくれるようだ。ちょっと高めのキンキンとした声が特徴的で、全体的に細くて、気位が高そうで、雰囲気がツンツンしている。どうやらアーレンスバッハの寮監のようで、アーレンスバッハの学生達にはずいぶんと愛想の良い顔を見せていた。


    「本日は魔力を注ぎ、魔石を変形させる練習から始めますよ。魔石に魔力を注ぎこんでいき、大きさを変えてくださいませ」


    神官長に教えられていた時と同じように、魔石の大きさを変えるところから始めるようだ。


    わたしにとって、大きさを変えることはすでにできるし、簡単なことだ。けれど、せっかくの機会なので、魔力の制御の練習のために、左腕の魔術具をこっそりと外して、魔石に注ぎながら大きさを変えてみる。


    魔力を少しずつ注ぐのがやはり難しい。


    ……バケツでだばぁ! じゃなくて、せめて、水道の蛇口からポタポタくらいにできればいいんだけど。


    自分の指先を水道の蛇口に見立てて、魔力の量を調節できるように練習する。あと、わたしは奉納するのに慣れていて、魔石に入れた自分の魔力を回収するのはちょっと慣れていないので、魔石から魔力を回収する練習も合わせて行う。


    周囲が大きさを変える練習をしている中、わたしは一生懸命に制御の練習をしていた。


    「大きさを自由に変えられるようになった人は、騎獣の形に変化させていきましょう。ご自分の家の紋章に使われている動物を使うことも多いですし、乗りやすさを考慮して、馬の形の騎獣も多くみられます」


    フラウレルムの言葉に、騎獣の形にしようと奮闘する子供達が出始めた。ヴィルフリートは二年間で魔力の扱いにかなり慣れたようで、魔力に関する実技の進度が早い。


    「私は獅子にするのだ。領主の息子だからな。だが、ローゼマインの騎獣のように柔らかい騎獣が良いかもしれぬ」


    むむむっ、と眉を寄せながら、ヴィルフリートが魔力を注ぎこんでいく。ものすごく時間がかかったけれど、獅子の形になった。


    「フェルディナンド様の騎獣によく似ておりますね」


    「父上の騎獣を参考にしようとすれば、三頭の獅子になってしまうからな。叔父上の騎獣が一番手本にしやすかったのだ」


    「そういえば、一度見たことがある養父様の騎獣は、頭が三つある獅子でしたね。養父様は変わった騎獣を使っていらっしゃいますよね?」


    「父上も多分、其方に変わっているとは言われたくないと思うぞ」


    ヴィルフリートの言う通り、わたしのレッサーバスはここの基準から考えると、ちょっと変わっているかもしれないけれど、可愛いし便利で、一番優れていると思う。


    「13番! おしゃべりをしていないで、真面目に騎獣の作成をなさい!」


    キンキンとした怒声にビクッとして、わたしは自分の魔石を見つめた。変わっていると言われている騎獣をここでひょいっと出してしまってもよいのだろうか。


    悩んでいると、わたしがサボっていると思ったらしいフラウレルムが肩で風を切るようにこちらへやってきて、ツンと顎を上げた。


    「さぁ、早く作りなさい」


    わたしは軽く肩を竦めると、いつも通りに一人乗りのレッサーバスをひょいっと出した。乗り込めるようになっているレッサーバスを見て、他領の貴族達が目を丸くした後、笑い出した。


    「何だ、あれ?」


    「あんなに高かったら乗れないぜ。どうやって乗るつもりなんだ?」


    「ずいぶんと変わった騎獣ですこと」


    「あら、見た目は可愛らしいですわよ。実用性は感じられませんけれど」


    レッサーバスが変な騎獣として笑われているけれど、それは主に形についてで、神官長や騎士達の間で出た「グリュン」という名前が出ない。「どうして魔獣を騎獣にしたのか?」という言葉が上がらない。


    「……今まではよく魔獣と言われたのですけれど」


    「一年生は魔獣退治などしていないから、知らないのだ。私も知らぬ」


    なるほど、と頷いていると、ただ一人、フラウレルムだけが顔色を変えて、「グリュン」と呟いた。さすがに教師はグリュンの存在を知っていたらしい。


    「……ローゼマイン様! 騎獣作成は遊びではございませんよ。真面目に行いなさい!」


    キンキンと耳を突く声で怒鳴られて、わたしは思わず顔をしかめた。怒鳴られる理由がわからない。わたしは別に遊んでいるつもりなどないのだ。


    「わたくしは至極真面目ですけれど」


    「どこが真面目ですか? グリュンを騎獣にするという時点で、真面目さの欠片も感じられません。このような騎獣は認めません。すぐに消しておしまいなさい」


    頭ごなしに消せと言われて、わたしはムッとした。確かに見た目は変わっているかもしれないけれど、騎獣を作るという課題は満たしているし、わたしのレッサーバスはすごいのだ。消すつもりはこれっぽっちもない。


    「フラウレルム先生、お言葉ですけれど、わたくしの騎獣は他の方の騎獣よりもよほど優れています。消すつもりなどございません」


    「このような魔獣を模した騎獣のどこが優れているというのです!?」


    「わざわざ騎獣服に着替えなくても乗れますし、大人数を乗せることもできますもの」


    わたしはそう言って、一人乗りのレッサーバスをマイクロバスサイズに変化させた。


    突然大きさを変えたレッサーバスに周囲の皆がぎょっと目を見開いたのがわかる。ヴィルフリート達エーレンフェストの者も同じだ。


    よくよく考えてみれば、一人乗りのレッサーバスは城でも寮でも乗り回していたけれど、大きいサイズは見せていなかったような気がする。


    「わたくしの騎獣は大きさを自由自在に変えられます」


    わたしは有り余る魔力で自在に大きさを変えてみる。言葉もなくレッサーバスを見つめているフラウレルムに、どうだ、と胸を張ると、フラウレルムが目を剥いた。


    「このような騎獣でどうやって空を飛ぶというのですか? 羽もないではありませんか!」


    「わたしのレッサーくんはきちんと飛べます」


    わたしはレッサーバスを一人乗りサイズに戻して乗り込んだ。「えぇ!?」と驚きの声が上がる中、レッサーバスで小広間を駆けて、空中を走る。


    「ひ、非常識ですわ!」


    そう叫んだフラウレルムが泡を吹いて倒れたことで、騎獣作成の実技は強制終了。フラウレルムが騎士達によって運び出され、代わりに呼び出されたヒルシュールが不機嫌そうに目を細めながら、本日の講義の終了と次回への持ち越しを宣言した。


    ぞろぞろと生徒達が小広間を出て行く中、わたしはヒルシュールに呼び止められる。「詳しい事情を聴くだけですわ」と心配そうなヴィルフリートを先に帰らせ、ヒルシュールはくるりとわたしを振り返った。


    「さぁ、フラウレルムを昏倒させたローゼマイン様の騎獣、じっくりと見せてくださいませ。呼び出しを受けたことでわたくしの調合が中断されて失敗したのです。それくらいは許してくださいますよね?」


    「も、もちろんですわ」


    神官長が凄んだ時の笑顔によく似た笑顔に、「あぁ、この人は間違いなく神官長の師だ」と実感した。


    そして、次の日の午後にある実技は魔力圧縮だ。魔力圧縮には何人もの先生が動員されるため、一年生を半分に分けて、片方は宮廷作法、片方が魔力圧縮をすることになる。


    わたしは魔力圧縮だが、フィリーネは宮廷作法の実技を行うことになる。


    十人近くの先生が並ぶ中には、昨日倒れたフラウレルムも復活していて、ヒルシュールも並んでいた。


    「体の成長に合わせて、魔力はどんどんと増えていきます。当然、魔力を蓄えておく器の大きさも変化していきます。その時にできるだけ多くの魔力を器に溜めこむことで、器の成長を促進することができます。大人になるために身体が大きく成長している皆様が魔力圧縮を覚えることができれば、器の成長も促進することができるでしょう」


    ヒルシュールの説明が終わると、フラウレルムが前に出てきた。


    「魔力の大きさは貴族にとって最も重要な要素です。成長が終わるまでに、できるだけ魔力を増やさなければなりません。魔力の圧縮が効果をなすのは、制限時間があるのです。真剣に向き合わなければなりませんよ!」


    もう一人の先生が手にしている魔術具を高く掲げて見せた。


    「まず、こちらの魔術具を使って、皆の魔力の濃さを調べます。手首に魔術具をはめて、最初の魔力の値を測った後、圧縮に挑戦し、どれだけ圧縮できたかを調べるのです。少しでも圧縮ができれば、それで魔力圧縮の講義は終了です。今後は各自で努力して圧縮していくしかありません。わたくし達に教えられるのは、最初のやり方だけです」


    ……つまり、わたし、今以上に圧縮しなきゃダメってこと? おおぉぉ。


    わたしが頭を抱えているうちに、前に並んでいる先生がそれぞれの圧縮の仕方を順番に述べ始めた。


    「そうですね。果汁から水を抜いていく感じで、魔力から余分なものを退けていく感じで行います」


    「わたくしはぼんやりと広がっている魔力を真ん中に集めてくるようにしています」


    「魔力の圧縮は薬液を煮詰めるのに似ていますね」


    「押して、押して、押しまくれば良い」


    次々とそれぞれの圧縮の仕方が述べられているが、これでは余計に混乱すると思う。実際に教えられている生徒の方はきょとんとした顔になっていた。


    「大事なのは、自分に合った方法を見つけること、絶対に無理はしないことです。命の危険に繋がりますからね」


    「だが、多少は無理もしなければ、魔力の圧縮はできない。自分の中の魔力に打ち勝たなくてはならない」


    先生方の説明を聞いていたヴィルフリートが少しばかり不可解そうに眉を寄せた。


    「何だか、言っていることがちぐはぐではないか? 結局、どうすればよいのだ?」


    「ちぐはぐに聞こえますけれど、実際に魔力を圧縮しようと思えば、間違ったことは何一つ言っていませんよ。自分に合った方法で、自分の魔力を押し込んでいくのが効率は良いですし、気合を入れて無理やり詰め込むようにしなければ、圧縮にはなりません。けれど、自分に耐えきれぬほどに無理しすぎると命を落とすのです。危険を少しでも減らすために一人に複数の教師がつくとフェルディナンド様に伺いました」


    わたしの言葉にヴィルフリートがコクリと唾を呑み込んだ。自分の手をぎゅっと握りながら、わたしを見る。


    「……其方はどのように行っているのだ?」


    「そうですね、第一段階ならば、教えても問題ないでしょう。自分の中に魔力を蓄えておく器があります。その中に蓋が閉まらないくらいにぎゅうぎゅうに魔力を詰め込んで、無理やり蓋をして、魔力が出てこないように鍵をかける感じで詰め込んでいます」


    「ほぉ……」


    「その先の圧縮方法はローゼマイン式ということで、秘密です」


    うふふん、と笑うわたしに、ヴィルフリートが「第一段階だと? 何段階あるのだ?」と目を剥いた。


    「三段階です。フェルディナンド様が三段階目に挑戦して、魔力酔いを起こして気分が悪いと言っていましたよ」


    「あの、叔父上が、気分が悪くなるだと?」


    ヴィルフリートの顔が強張った時、わたしとヴィルフリートが呼ばれた。
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