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Chapter 377

    旧ヴェローニカ派の子供達には、勢いだけで動かずに慎重に行動するように、と言って、解散させた。


    「……わたくし、養父様から伺うまで、名を捧げるということを知らなかったので、色々な意見が聞きたいです。魔力圧縮の方法と引き換えにできるようなことなのでしょうか?」


    成人すれば、自らの意志で派閥を選べるようになる。それが待てない程、魔力圧縮の方法は重要で、命を懸ける程のことなのだろうか。


    「わたくしは誰にも名を捧げるつもりなどございませんわ。何を選択し、どのように生きるのか決めるのは自分でありたいと思っておりますから。どなたかに名を捧げている貴族など、片手で数えられるくらいしかいないでしょう。名を捧げなくても忠誠は捧げられますもの」


    ブリュンヒルデは上級貴族らしい誇り高い笑みを浮かべてそう言った。その意見にレオノーレも賛同する。


    「そうですね。忠誠心ではなく、愛する方に名を捧げ、捧げられ、永久の想いを誓うことには憧れます。けれど、現実的ではございませんもの。あり得ないと思っています」


    ……忠誠心だけじゃなくて、そんな名の捧げ方もあるのか。お互いが思い合っていて捧げ合うならともかく、一方的に押し付けられることを考えると怖いな。


    「私はエックハルト兄上が名を捧げ、フェルディナンド様の信用を得た喜びと、神殿に入られた時の落差をこの目で見てきました。不遇の時を過ごした兄上の姿を見ているので、私は誰にも名を捧げようとは思いません」


    ……そっか。コルネリウス兄様も名を捧げた人を間近で見てきたんだよね。


    コルネリウス兄様の意見にハルトムートは何度か頷きながら、「私はローゼマイン様がお望みでしたら、名を捧げても構いません」とさらっと言った。皆が目を剥く中、ハルトムートはにこやかに笑う。


    「けれど、ローゼマイン様はお望みではないでしょう?」


    周囲が敵だらけで信用できる者がいなかった神官長と違い、領主である養父母、上級貴族の両親、更に後見人、と保護者がたくさんいて、側近との関係も良好なわたしは命懸けの忠誠を全く必要としていない。名を捧げられるという価値も理解していない。おまけに、灰色神官や巫女にさえ、選択肢を与え、なるべく意志を尊重しようとするのだから、名を捧げられても喜ばない、とハルトムートが肩を竦めた。


    何だか自分がとても研究されている気分になったが、その通りだ。わたしは誰かに名を捧げられても困る。


    「ヴィルフリート兄様やシャルロッテは、旧ヴェローニカ派の子供達が名を捧げてくれば、受け入れられるのですか?」


    今回、同じように捧げられる立場になるヴィルフリートやシャルロッテへとわたしは視線を向ける。ヴィルフリートは当たり前の顔で頷いた。


    「上に立つ者として名を捧げられれば受け入れるに決まっているではないか。名を捧げて仕えると言われるほど心酔されるのは誉れだぞ」


    名を捧げる程の忠誠ならば、旧ヴェローニカ派の子供達でもきちんと受け止めると言い切るヴィルフリートにシャルロッテも頷いた。


    「わたくしも受け入れます。むしろ、お姉様が受け入れるのを躊躇う理由がよくわかりませんわ。フィリーネを受け入れていますし、孤児院長として孤児達の命と生活をすでに預かっているではありませんか。何の保証もない忠誠心より、名を捧げられる方が受け入れられやすいでしょう?」


    シャルロッテの言うように、今でも下町の皆を守ったり、孤児院の皆の生活を支えたりしている。


    そして、わたしが特別扱いで抱え込んでいるフィリーネの立場は名を捧げられている状態に近いと思うけれど、本当に名を捧げられているわけではないし、フィリーネは元々わたしが側近に選んだし、家族問題にもわたしから首を突っ込んだ。


    だから、成人して独り立ちするまで、もっというならば、結婚するくらいまで責任を持って面倒を見るのは当然だと思っている。


    けれど、これまで派閥が違い、交流がほとんどなかった旧ヴェローニカ派の子供達に名を捧げられるのは、わたしにとって「親と別れて家出してきました。何でもするので、側近にして居候させてください」と言われて、生活の全てに責任が発生するような感じなのだ。


    例えるならば、わたしは社長のようなもので、下町の皆や孤児院の者は自社の社員だ。フィリーネは生活の面倒を見ているけれど、基本は自分の給料で何とかする自社の住み込み従業員である。皆の仕事がなくならないように、不利益を被らないように社員の面倒を見なければならない。


    そして、旧ヴェローニカ派の子供達はエーレンフェストという同系列のヴェローニカ派という別会社の従業員のようなもので、名を捧げられるのは「養子縁組してください」と申し出られたようなものだ。申し出る方も覚悟がいるだろうけれど、受け入れるために必要になる覚悟が全く違う。


    「……わたくしには少し難しいです」


    「派閥を変えたので信用して欲しいとただ言われるよりは、形がある分、よほど信用できると思うぞ」


    ヴィルフリートの言葉にわたしは曖昧に頷いた。


    一年生の移動が終了したことで、全学年が揃い、夕食は昨日よりちょっと豪華になった。


    夕食時には今年も成績向上委員会の活動として、班分けと賞品の発表をする。今年はタルトのレシピである。とりあえず、レシピ集には載せていない物を選択してみた。


    「ローゼマイン様のレシピは一体どれだけあるのですか!?」


    「今年こそは、今年こそは、レシピをいただきます」


    多目的ホールで勉強をするのだ、と旧ヴェローニカ派の子供達も含めた皆が去年同様に盛り上がる様を見て、わたしはホッと安堵の息を吐いた。先程の暗い雰囲気が少し払拭されている。それが貴族特有の感情を隠す態度なのかどうか、わたしには判別できないけれど。


    次の日、朝食を終えて、早速皆がチームごとに集まって勉強をしていると、ヒルシュールが飛び込んできた。


    「ローゼマイン様、ヴィルフリート様、明日には進級式と親睦会があるというのに、わたくし、エーレンフェストの学生達の移動が完了したという連絡を受けていませんよ」


    「……連絡するように、と言われていましたか?」


    わたしが首を傾げると、コルネリウス兄様が軽く溜息を吐いた。


    「改めて言われていませんが、例年、上級貴族の最上級生がオルドナンツで連絡を取っていました。最も位の高い者が行うことなので、今年はヴィルフリート様から連絡すると決まっていたはずです。そうだろう、イグナーツ?」


    コルネリウス兄様がちらりとヴィルフリートの文官見習いへと視線を向ける。イグナーツが困ったように笑った。


    「私がヴィルフリート様にお知らせするのを忘れていました。申し訳ございません」


    「イグナーツ、其方……。申し訳ない、ヒルシュール先生。こちらの不手際だったようだ」


    ヴィルフリートが謝罪する姿を見て、わたしはとても微妙な気分になった。確かに、連絡の不手際は気を付けなければならないし、謝罪は必要だろう。けれど、ヒルシュールに責められるのは少し納得できない。わたしは「これからは気を付けてくださいませ」と言っているヒルシュールへと視線を移す。


    「今回は寮監が寮にいないことが一番の問題ではございませんか? 他領の寮監は入寮の時期ならば、ずっと寮にいるのでしょう?」


    「……あら、ローゼマイン様はご存知でしょう? フリュートレーネとルングシュメールの癒しは違うのです」


    わたしの指摘にヒルシュールがニコリと笑う。意味としては「それはそれ、これはこれ」とか「よそはよそ、ウチはウチ」というようなものだ。ヒルシュールはこれからも寮監として寮にいるつもりはないのだろう、と悟って、わたしは肩を竦めた。


    ヒルシュールはシャルロッテに視線を向け、「フロレンツィア様によく似ていらっしゃること」と呟いた後、多目的ホールの中央へと立ち、新入生に向けた明日の予定と寮の説明を始める。寮の説明は去年と同じだ。


    「……それから、明日の3の鐘に進級式が行われ、その後は昼食を兼ねた親睦会がございます。その次の日からは講義が始まります。エーレンフェストは10位ですから、今年は10番の扉や部屋を使うことになるので、気を付けてくださいませ。すでにこれだけお勉強しているのですから、講義の準備は問題ないと思いますが、連絡事項等は忘れないように。何か質問はございますか?」


    「特にございません」


    さらりと説明を終えると、ヒルシュールは「ローゼマイン様、わたくしはたくさん質問がございます。お付き合い願えますか?」とわたしに向かって微笑んだ。目が獲物を狙う獣のようで、完全にロックオンされている。


    ……まぁ、用件はシュバルツ達の衣装のことや神官長から預かっている研究資料の数々についてだろうけど。


    ヒルシュールの質問内容には簡単に見当が付いた。むしろ、それ以外に思い当たらない。神官長からの預かり物もあるので、わたしはコクリと頷く。


    「お付き合いするのは構いませんけれど、なるべく手短に済ませてくださいませ。わたくし、フェルディナンド様と違って、夜を徹して語り合うようなことはできませんから」


    「ローゼマイン様ほどお身体が弱いと研究も儘なりませんね」


    ……研究に没頭できるヒルシュール先生はとても丈夫そうで羨ましいです。


    わたしはシュバルツ達の衣装と神官長から預かっている「すぐに渡す資料」を持って来てもらえるように、リヒャルダに目配せした。心得たようにリヒャルダが動き出す。


    ちなみに、ヒルシュールに色々とお願いできるように、「急ぎではない資料」がその5まである。寮の状態を知ったユストクスが、困った時に使えるように、と神官長に頼んでくれた結果だ。


    「では、どのような魔法陣を使ったのか、どのように改良したのか、伺いたのですけれど……」


    目を輝かせ、シュバルツ達の衣装が届くまでの時間も惜しいというようにヒルシュールは質問を始めた。だが、基本的に魔法陣の研究は神官長任せなので、わたしに答えられることなどほとんどない。


    最終的にシュバルツ達の衣装を着替えさせる時に同行したいという言葉に承諾したくらいだ。


    「ローゼマイン様は魔法陣の研究にあまり興味がございませんの? フェルディナンド様の愛弟子でしょう?」


    「フェルディナンド様は後見人という保護者の枠で、わたくしの教育係ですけれど、別に研究に関する師匠というわけではございません」


    こんなマッドサイエンティスト達の仲間入りする予定は全くない。わたしは研究するよりも本が読みたいのだ。研究結果をまとめてくれた資料や本は大歓迎だが、その経過を自分の手で生み出すことには特に魅力を感じていない。


    「わたくしは図書館司書を目指すつもりですから、魔術具や魔法陣の研究も図書館の運営に関係ある分には全力を尽くすつもりです。……あの、ヒルシュール先生。シュバルツ達の衣装はいつ図書館に持って行けば良いのでしょう?」


    「図書館が開館するのは、講義が始まってからですけれど、オルドナンツを飛ばしてみればいかがです?」


    ヒルシュールに言われ、わたしはソランジュにオルドナンツを飛ばしてみた。新しい衣装が完成したことを知らせ、魔力供給をしたいことを述べる。


    ソランジュからは「講義が始まってから開館となるので、講義が始まってからならば、いつでもいらしてくださいませ」という言葉が届いた。


    「お待たせいたしました、姫様」


    リヒャルダが持って来てくれたシュバルツ達の衣装を手に取って、ヒルシュールはじっくりと魔法陣を見つめていく。指でたどって魔法陣と神官長がまとめた資料を真剣に見つめる横顔は、研究中の神官長を思い出させる。


    ……つまり、わたしの存在は目にも入ってないってことだよね。


    「リヒャルダ、本棚の整理をしていても良いかしら?」


    「しばらくかかるでしょうからね」


    ヒルシュールの気が済むまで、わたしはリヒャルダと一緒に本棚の整理をしながら待っていることにした。


    一年生、二年生、騎士見習い、文官見習い、側仕え見習いの棚を準備し、それぞれの参考書を入れられるようにしておく。おそらく、一番使用頻度が高くなるのは参考書なので、これでよい。


    後は分類番号を振りながら、わたしの本を収めていく。エーレンフェストで印刷されている本は物語が多いので、かなり番号も偏っているけれど、いずれはエーレンフェストの図書室にある本も印刷していきたいものである。


    昼食の時間になってもヒルシュールは動かない。声をかけても「今は忙しいです」としか言わないので、放っておいて昼食を食べる。


    午後からは採集に向かう者もいたし、勉強を続ける者もいたが、ヒルシュールが我に返った時に困るので、わたしは多目的ホールで本を読むことにした。


    「姫様、姫様!」


    リヒャルダに肩を叩かれ、本を閉じられた。ハッとして顔を上げると、ヒルシュールが興味深そうにわたしの手元を見下ろしている。


    「ローゼマイン様、その本は何でしょう?」


    「エーレンフェスト紙で作った、新しい形態の本です」


    「拝見してもよろしくて?」


    「この多目的ホールで読むのでしたら、ご自由に読んでくださっても構いません。ホールからは出してはいけないことになっていますから、研究室への貸し出しもいたしませんよ」


    ヒルシュールにこの本棚の使い方を説明しながら、わたしはお母様が書いた貴族院の恋物語を渡した。


    パラパラとページをめくり、流し読みをしていたヒルシュールが楽しそうに笑う。


    「……これはほとんど実話ですわね。年代はバラバラですけれど、誰のお話かわかるものがいくつもございます」


    「お茶会にいらした方々がご存知の噂話を元に書かれていると聞いていますから、貴族院の教師であるヒルシュール先生ならば、ご存知のお話もあるでしょうね。……どれがどなたのお話ですの?」


    登場人物の名前が変えられ、領地の名前が架空のものになっているので、その当時に貴族院にいた者にはわかるかもしれないが、わたしには誰の話かほとんどわからなかった。唯一わかったのは養父様と養母様のお話くらいだ。


    「せっかく匿名になっているのですから、それを教えることはできませんわ。エーレンフェストだけではなく、他領の方のお話もございますもの」


    クスクスと笑いながらヒルシュールは本を置くと、神官長が作った資料を抱えて出て行った。


    ……そんなことを言われると、すごく気になるよ。神官長の話も入ってるのかな? エックハルト兄様はお母様に情報を売っていたって聞いたし。


    ヒルシュールが帰った後は、進級式と親睦会の準備だ。流行の発信と定着を目指して、女の子に髪飾りを配っていく。ブリュンヒルデが選んで、ギルベルタ商会から買った髪飾りだ。


    「流行発信のために、今年はこちらの髪飾りを必ずつけて進級式に出てくださいませ。これからリンシャンも配りますから、髪を綺麗にするのも忘れずにね」


    ブリュンヒルデの見立ては間違いないようで、それぞれの髪の色や雰囲気に合わせた色違いの髪飾りが箱の中に並んでいる。よくこれだけの人数の髪の色を把握していたものだ。親しい人ならばともかく、わたしにはどう考えても無理である。


    「まぁ、可愛らしいこと!」


    「それぞれに合わせた髪飾りを準備できるなんて素晴らしいですわ、ローゼマイン様」


    「ブリュンヒルデの見立てです。ブリュンヒルデの目は確かでしょう?……あ、ヴィルフリート兄様、殿方もリンシャンを使うならば、少しずつお配りいたしますよ」


    せっかくなので、今年は男の子の髪もつるつるさらさらにしようと提案すると、ヴィルフリートが頭を振った。


    「いや、こちらでも準備しているから問題ない」


    領主会議に出席した養父様に言われ、男子の分はヴィルフリートが準備したそうだ。


    「私は自分の髪から甘ったるい匂いがするのがどうにも苦手なのだが、流行発信のためには仕方がないな」


    「……甘い匂いのリンシャンばかりではないはずですけれど?」


    「周知させるためには香りもあった方が良いと言われたのだ。私は好き好んでこんな女のような香りをまとうわけではないからな」


    情けない顔でそう言ったヴィルフリートに同意するように、何人かの男の子達が頷いた。


    今日は進級式と親睦会の日だ。3の鐘までに講堂に向かわなければならないため、身だしなみを整え、マントとブローチをきちんとつけて、寮から出られる格好にする。マントとブローチがなければ、寮にも戻れなくなるので、気を付けなければならない。


    「ローゼマイン様、親睦会に同行する側近はコルネリウス、レオノーレ、ユーディットを護衛騎士として、わたくしが側仕えとして、文官はハルトムートが同行する予定ですけれど、問題ございませんか?」


    「えぇ、ブリュンヒルデ。それでいいわ」


    王族や領主候補生の親睦会に同行することになり、中級騎士見習いのユーディットがちょっと緊張しているようだ。いつもと違って、笑顔が硬い。


    「アンゲリカの代わりが務まるように頑張ります」


    「それほど心配しなくても大丈夫です。親睦会で何が起こるわけでもありません」


    玄関ホールへと向かうと、皆が黒を基調とした衣装にマントとブローチを付けていて、女の子は色違いの髪飾りを挿している。わたしが二本差しているのと同じように、二本差している者も何人かいた。


    「皆、お揃いですね」


    フィリーネが髪飾りに少しだけ触れて、顔を綻ばせた。


    見習いとして働いたお給料に加え、神殿で神官長のお手伝いをしている分はバイト料を出したり、写本した分を買い取ったりしてお金を渡している。それでも、親と離れ、見習いの給料で自分の生活を賄っていくフィリーネは大変だ。なかなか装飾品には手が出ない。


    この髪飾りはわたしが収穫祭に行っている間に購入したので、フィリーネも自分で選ぶことができたらしい。


    「自分で選ぶとはいっても、ブリュンヒルデが見立ててくれた中から選んだだけなのですけれど、我が家では装飾品を買ってもらえることもほとんどなかったので……」


    フィリーネはそう言って、少しだけ寂しそうに笑った。


    「お姉様、おはようございます」


    シャルロッテも黒を基調とした衣装にエーレンフェストのマントとブローチを付けて、二本の髪飾りを挿している。髪の色が淡いので、濃い色の花がよく映えていた。


    「とても似合って可愛いですよ、シャルロッテ」


    「あら、お姉様の方が可愛らしいですよ」


    わたしが大きくなるスピードよりも、シャルロッテが大きくなるスピードの方が速いようで、去年よりちょっと差が開いている気がする。いや、気のせいではない。視線の位置が違う。絶対に並んで歩いたら、シャルロッテの方がお姉様に見えるに違いない。


    「では、行くぞ」


    ヴィルフリートの号令で扉が開かれ、エーレンフェストの学生達は寮を出た。


    扉の上の番号は確かに10に変わっていて、去年よりも講堂が近くなっている。去年は前にいた深緑のマントが、今年は後ろにいるのが不思議な感じだ。


    講堂で並ぶ位置も少し変わっていて、結構前になっている。ぞろぞろと歩く中、周囲からの声が聞こえてくる。


    「エーレンフェストはずいぶんと順位を上げたな」


    「全員がリンシャンを使っているのか……」


    好意的とは言えない尖った響きの声もあり、わたしはそっと息を吐いた。養父様が言っていたように、順位の変動で起こる妬みや嫌味は去年よりひどそうだ。


    進級式は去年とほとんど変わらない。お偉いさんの話があり、教師の説明がある。その内容がほとんど変わらないので、時が過ぎるのを待っているだけだ。


    来年、三年生となって専門コースに分かれる時にはもう少し身を入れて聞かなければならないだろうが、二年生は一年生と時間帯が違うだけで、同じ場所で講義や実技を行うのだから、間違えることもない。


    退屈な進級式が終わると、次は失敗が許されない緊張の親睦会だ。順位の変化がどのように影響してくるのか、全くわからない。


    「これから、それぞれの親睦会の会場へと移動しますが、上級生は新入生の面倒を見てください。新入生は何も知らないのだから、上級生に従うように」


    「はい」


    最上級生であるコルネリウス兄様の言葉に返事をして、下級貴族、中級貴族、上級貴族、そして、領主候補生と同行する側近に分かれる。講堂を出ると、去年と同じようにそれぞれの会場へと分かれていく。わたし達が向かうのは小広間だ。


    背筋を伸ばして歩いているシャルロッテの表情がちょっと強張っている。わたしはシャルロッテの手を握った。


    「大丈夫です、シャルロッテ。わたくしが一緒ですから」


    頼ってくれていいよ。わたし、お姉様だからね、と思いながら、シャルロッテを見上げて微笑むと、シャルロッテが何度か瞬きをした後、一度ふっと表情を緩めた。


    「そうですね。お姉様も一緒ですもの。しっかりしなくては……」


    藍色の瞳に強い光が宿り、キッと前を見据えるような顔になってシャルロッテが歩き出す。わたしの一言で緊張が解れたようで、何よりである。


    「10位エーレンフェストより、ヴィルフリート様とローゼマイン様とシャルロッテ様がいらっしゃいました」


    扉の前に立つ文官らしき人の声と共に、わたし達は小広間と呼ばれる部屋へと通された。


    去年はアナスタージウスが座っていた正面の大きめのテーブルに小さい人影が座っているのが見える。


    ……アナスタージウス王子の弟王子、かな?
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